飛鳥時代、奈良時代、平安時代と、長い間に渡って唐(現在の中国)に派遣された遣唐使は、隣国であるにもかかわらず、約20回ほどの派遣において何度も船が難破して失敗している。
確かに遣唐使に使われた船の性能も大きかったと思われるし、台風など時期的に天候が悪ければそういうことも起こるであろう。だが、日本から目と鼻の先にある朝鮮半島を経由すれば、内湾を通って行けるのだからそれほど難しい行程でもないように思えるのだ。
遣唐使が何度も失敗しているのは、時代によって航路が異なることに起因する。飛鳥時代には日本からすぐそばの朝鮮半島を経由するルートを使っていたが、新羅(朝鮮半島)と関係が悪化し、奈良時代には琉球(沖縄)から東シナ海を横切るルートに変更され、平安時代には五島列島(長崎)から直接東シナ海を横切るルートも使用されるようになった。
当然だが、外海を通るとそれだけ危険性は増す。朝鮮半島に沿って進む航路に比べると、格段の難易度であったと思われるが、国際政治情勢がそれを許さなかったのである。