江戸時代の大名の石高ナンバー1は加賀100万石の前田家

Vol. 888
 江戸時代の大名の石高ナンバー1は加賀100万石の前田家

地租改正が行われる明治時代までは、石高といって大人が1年間に食べる米の量を基準に、産物を換算し領地の規模を表していた。一般に大名と呼ばれるには1万石以上を幕府から与えられていなくてならず、当然だが石高の多い大名は、それだけ経済的に豊かで力があるということだ。

江戸時代において、最も石高が多かったのは幕府を開いた徳川家で400万石(諸説あり)である。ただし、徳川家については、あくまでも徳川家全体であって単一の家となるとまた話が変わってくる。

単一の家で最も石高が多かったのは、加賀(石川県)の前田利家で有名な前田家であった。「加賀100万石」と呼ばれ、単独で100万石を超えていた大名は、歴史的にもそれほどたくさん存在するわけではない。

そして2位には薩摩(鹿児島)の島津家、3位には陸奥(宮城)の伊達家と続く。