日付変更線が決められた経緯

Vol. 254
 日付変更線が決められた経緯

日付変更線を意識したことがあるなら、それは日本からアメリカなど東方向に進む海外旅行をしたことがある人だろう。不思議なことに日本からアメリカに行くときは太平洋上で日付が前日になって得したような気持ちになるが、帰ってくるときは日付が翌日になるので損をしたような気持ちになる。

なんとも頭で理解しようとしても理解しきれない日付変更線だが、太平洋上にあることには理由がある。日付変更線のほぼ裏側で、イギリスにあるグリニッジ天文台を通る経線が、本初子午線(現在は若干異なる)といって基準になる経線として国際会議で認められてから、世界中の時刻がグリニッジ天文台の時刻を基準とし、その差異で考えられるようになった。

つまり、グリニッジ天文台が正午のとき、裏側にある日付変更線は深夜0時になるので、そこで日付が変わることになる。自分勝手に決めたように思えるかもしれないが、古くからヨーロッパの海運ではイギリスが中心だったので、航海士にグリニッジ天文台の基準時刻と経線が利用され、世界に広がっていったのだ。